G2DOKKA-WANDERLUST

ドイツ発。親子3人車中泊放浪旅のキロク

日本ードイツ大陸横断54_グルジア_ゴリ

夜道をさまよい、人がいれば道を訪ねるが一向に家が見当たらない。

途方に暮れだしたその時、 マーカスが街の外れの山の上にライトアップされている
古い教会を指さし、きっとそこには修道女がいるはずだから、
泊めてくれと訪ねてみようと、血迷ったことを言い出した。

しかし、行ったはいいけどいるはずもなく

しかも、車がひっくり返るんじゃないかと思うぐらいの強風で、
この旅史上最悪の寝床探しとなった。

結局山を降りたけど、イライラはピークに達し険悪ムード。

それでも家が見つからない事にはどうにもならなくて、道訪ねが続く中
ある男の人に

「ウチは今日ダメだけど、泊まるところで困ってるんだったらその辺の家のドア叩いて
泊めてといえば、誰か泊めてくれるよ」

と言われた。

そーなの???

そんな立ち話をしている時、通りかかった男の人が近寄って来て、事情を話し

車だけでも停めさせてくれと訪ねたら、目の前にあった門付きの駐車場に

案内してくれた。

駐車場の隅に車を停めさせてもらって一安心。

風も防げる所だったので、これでテントを開いてやっと休めると思ったら、
敷地内にある建物の中からおじさんがやってきて
「今日はここに泊まっていきなさい」と言われ
中へと案内された。

いい所で道に迷ったもんだなぁ。

キッチンに行くと、おじさんたちが食事をしていて
「おお友よ!良く来たね!」と歓迎され、
ピッチャーに入ったワインをグラスに注がれ、宴会が始まった。



あまりにもの状況の変化に戸惑ったけど、ワインも料理もメチャメチャ美味しくて

10分前までの寝床探しが、ウソみたいな出来事になってしまった。

なんなんだ、このギャップは!

そしてマーカスが少しでもロシア語が話せることにホントに感謝した。

このおじさんたちは「ワールドビジョン」という団体で働く人たちで、

この団体は難民救済や貧しい国の人たちをサポートするヘルププロジェクトとして

世界各国に支部がある。

グルジアではあの戦争による避難民をサポートしているそうだ。

この建物もその活動の拠点になるオフィスがある所だった。

そして、そこのディレクターのミハイル(ミーシャ)というおじさんが、
私たちを招きいれてくれたのである。

彼は登山家でもあり、ソ連時代に国の仕事でエベレストに登ったと言っていた。

それにしても、この人たち半端じゃなく飲む。

ワインをコップに入れて、水のようにガブガブ飲む。

ピッチャーがすぐ空っぽになると、20リットルぐらいあるポリタンクから

即補充されて、グラスが空になることがない。

ワインは自家製で、いくら飲んでも飲みきれないくらい作るらしい。

そして、5分置きぐらいにトーストが始まる。

これはグルジアの文化らしく、たいてい「トーストマスター」といわれる人が

頃合を見計らって話し始める。

この晩だけでも10回ぐらいは乾杯した。

「世界平和とグルジアの平和を祈って」

「ここに来た突然の訪問者の旅の成功を」

「ドイツ、日本、そしてグルジア人がこうして楽しく酒を飲んでいることに」

「我々をいつも見守る神様に」

「家で夫の帰りを待つ、美しい女房どもに」

などなど。

よくもまあ、ネタが尽きないもんだと関心したのもそのはず、

トーストマスターは誰にでも回ってくる可能性があり、

瞬時にいい文句を考えなければいけない。

他の人と同じ内容だったりすると乾杯が始まらず、

どうしてもオリジナルのものが要求される。

そうして何回も場数を踏み、スピーチのネタを増やしていくのだ。

私にも出番が回ってきて、日本語でペラペラっと何か言っただけなのに、

意味など分かるはずもなく、だけど拍手喝采なのであった。

とにかくまた予期せぬ出会いと、おじさんたちの優しさに

ホントに泣きそうになった。

さっきのあの最悪な状況から考えるとなおさら、

そこは天国だった。

すっかり気分もよくなりグルジアワインで酔いしれたころ、
宴会はお開きに。

明日はその「ワールドビジョン」のティビリシで働く人たちがやってきて

会議を開くとのことだったので、22時ぐらいには解散となった。

そして大きな会議室にあるソファーベッドで眠らせてもらったのでした。


オフィスのアイドル犬、レイディーちゃん